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スカートを履ける日がまた来るのか

私のことではありません😅足に自信がないのでミニは履きませんが、膝丈位なら!!


写真は1970年代のアフガニスタン。今は女性が青いブルカを着ることを強いられているが、こんな時代があったとは。みんな楽しそう。


私の部屋にはバーミヤン遺跡のポスターがあり

それを眺めていつか行きたいなぁと思っていたが、その夢は今は叶いそうにない。


タリバンがアフガニスタンを制圧したニュースを見てとても心が傷んだ。


大学の頃、国際協力を勉強していたので向こうで活動していて殺された中村哲さんの本も読んでいたこともあり、興味はあったけども、歴史などは何も知らなかった。


このような状況になったのは、欧米の介入や裏取引などなど怒りや批判も書きたいけども

今日は、日本にもアフガニスタンの方々が結構いることを知ってほしいと思った。


アフガン人で髭があって、まぁパキスタン人に似たような人達の認識しかなかったが

輸出の仕事をするようになり、千葉県の四街道市に足を運ぶようになってから初めてアフガンの人々に出会った。四街道周辺には400人位のアフガン人が住んでいて、輸出業や解体業を営んでいる。

そのほとんどがハザラ人という民族で何とも日本人に顔がそっくりなのである。

それだけで親近感が湧いたのだが、彼らはアフガニスタン国内では他の民族と顔が違うと言うことで迫害を受けてきた。


タリバンも多くのハザラ人を狙ってきた。


聞くところに寄ると、大体の人が韓国から船で来て難民として日本に来たらしい。

そこから事業を営むってすげーなと思った。みんな小学校も行っていないのに大体5ヶ国語位話せて、すごく働き者だ。生きていくための術ってこういうことかと感心した。


自分の国なら自分の言語で話せて生活ができて最高なのに、それが出来ないから

こうして外国にきていると言っていた。


そんな出会いがあって、今回のニュースでみんなの家族は大丈夫なのかと心配になった。

国が原理主義者に統治されるってどんなだ。


女性の人権なんてない。大切な子供時代はずっと戦争を経験している。


ニュースや動画で涙ながらに訴える人々を見て本当に胸が痛んだ。


生まれた国によってこんなに運命が違うなんて...


お金持ちや外国につてがある人々は逃げれるけど、国境も封鎖されて大半はどこにも行けないだろう。


本当は資源もあり、文化、伝統豊かな国。


土地、水、石油、宗教をめぐる戦い


もうどこも介入しないで!と思った。


どうかアフガニスタンの人々が平和を笑顔を取り戻せる日が早く来ますように。









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