蝉の声もいつの間にか聞こえなくなり、鈴虫の声だけが聞こえるようになった。
今年の夏は本当に暑かった。私の小学校の頃の最高気温は30℃だったよな..
水が冷たくて有名な元町プールの水はぬるま湯でしたよ。
工事現場の方々本当にお疲れ様です。
皆さん、季節の変わり目どうかご自愛ください。
さて、日本語には素敵な表現がある。
袖触り合うも多生の縁(Even a chance meeting is due to fate)
意味としては、街で道を歩いている時に知らない人と袖と袖が触れ合った
たったそんなことでもその人が自分の近くに来たということは、偶然ではなく
全てが深い宿縁で起こるということだと。
多生とは仏教用語で、何度も生まれ変わるとういう意味。
一人の人が、一人の人と会う確率は、0.00000000000000006%らしい。
奇跡のような確率で出会った誰か。
それは好きな人かもしれないし、友達かもしれない。
もちろん、その中では離れて行く人もいるだろう。
何で今こんな時に、この人なの?ということもある。
全てが神様のはからいでもあり
深い意識下でお互いがお互いを欲したかららしい
奇跡に近い、いや、やっぱり出会いは奇跡なんとだ。
そんなニュアンスと少し切ないメロディーにこの言葉を使いたく
残り香ができた。
なぜか人って切なかったり、少し悲しい歌が好きな気がする。
それは思い出を回想したり、泣きたかったり、その感情を感じると心が動く
日常で心が動くことって、ものすごく嬉しいことがあった場合かその反対
殆どの毎日は穏やかに終わる。
でも心が、何かの言葉やメロディーに反応して胸がギュッと痛くなったりすることって
すごいなぁと思って
音楽って心と身体が繋がるツールにもなれるんだと
みんなどこかで心を揺さぶられたいって思っている
だから人は恋愛をするのかな
幸せも安らぎも悲しみも不安も全部感じられるもんな
話は二転三転、結局何が言いたいんだろう😂
今年上半期は自分の人生の人の出入りが激しく、感情はだいぶ揺さぶられ
(人生初の怒鳴り合いの喧嘩を二回も経験!)
生きている感じがした半年間だった。詳しくは次回のブログで😊
Comments